Ry Cooder and Corridos Famosos "Live in San Francisco" 2013

たまたま立ち読みした「ストレンジデイズ」のCDレビュー欄を見なければ、リリースされていることを知らなかったアルバム。
ありがとう!「ストレンジデイズ」。立ち読みなんかしてすまなかった…。

まだ4曲目までしか聴いていないが、今年一番の名盤だ。

近年、まるで長い物語のような、メッセージ性の高いアルバムが続いていたライ・クーダー。
このアルバムは、初期のアルバムに多く取り上げられている、彼が、そしてアメリカがルーツとしている音楽をふたたび取り上げたライヴである。
収録日は、2011年8月31日と9月1日。
会場は、グレイトアメリカンミュージックホール、"Show Time"(1977)と同じだ。

「レコードコレクターズ」11月号のインタビューでは、メキシコの音楽「バンダ」との出会いがこのライヴのきっかけだったと語っている。
ライ本人が語るには、メキシコで150年の歴史がある大編成のバンドスタイルの音楽だが、ホーンの導入と、ポップ音楽のコードを用いるのが最近の傾向とか。
このライヴでは、La Banda Juvenilというバンドと共演している。

これは、と思う音楽との出会いを、常に大切にしているんだなあと思った。
多くの人に長く愛され親しまれている音楽が、大好きな人なんである。

昔の音楽であっても、基本的な感情は変わらない、そこに現代も共感が生まれる、とライは語っている。また、例えば「自警団員」"Vigilante man"のように、そこに歌われている古い時代の人々の苦難が、現代アメリカが抱える問題点となんら変わりないとも言っている。

賑やかなバンドと、それに負けないライのヴォーカルが力強い。
トークも楽しい。英語だからあんまり判らないけどな。
"Wooly Bully"で、ライの"Uno,dos,one two three cuatro"というカウントにびっくり。いいなあ。使おう。
ゲストはフラーコ・ヒメネス。御年72歳くらい(収録当時)。ライ曰く、フラーコは体調万全ではなかったらしいが、大丈夫か。

ドラムスは息子のヨアキム。ジャケットにあしらわれた写真は妻のスーザン・タイトルマンによる。家族で仲がいいな。

かつて沖縄の音楽にアプローチしたライだが、なんでも最近は河内音頭がお気に入りなんだと。本当に、大勢の人が楽しんでいる音楽が好きなんだなあ。

インタビューで、「福島についてのレコードを作りたい」と語っている。
目を向けるべきことに目を向けてそらさない姿勢が、素晴らしいと思う。

参考:「レコードコレクターズ2013年11月号」2013、「レコードコレクターズ増刊アメリカン・ロックvol.1」1992 ミュージックマガジン
プリンタから出てきた紙を束ねて綴じる機械が、職場にある。
時々紙が詰まる。

同僚(推定20歳代前半)が、詰まった紙を取り除こうと、まず横扉を開いた。
紙が見つからず、そばにいたわたしが、上扉を開いた。
紙、ありました。
同僚が上扉閉じる→横扉閉じる。
と、閉じ方が甘かったか、横扉閉じた途端、上扉がパカッと跳ね上がった。

同僚苦笑い。
わたし「ドリフのコントみたいだねー(笑)」

誰の反応もない。

なんですか。ここは年末恒例の「笑ってはいけないシリーズ」オフィス編ですか。

ま、同僚は芸術家肌だし、やってても見ないからなドリフとか、たぶん。

別の日。

ある機械が、サーバ問い合わせ中のまま、進まなくなった。
原因が解らず、エンジニアさんに来て貰う。

わたし「これって解りやすく言えばインターネットが繋がりにくいって感じっすか?」
エンジニアさん「ま、そうですね」

わたし「じゃ、ガンガンガン速とか入れたらどうすかねー(笑)」

笑っているのはわたしだけ。
アローンインザ機械部屋。

なんですか。ここは年末恒例の以下略。

ま、エンジニアさんは毎日なんとかして野球中継見ようってタイプじゃないですし。

職場エレジー。